イクスがその話を聞いたのは 十歳の冬だった。
両親を疫病で失ってから数年、父の幼馴染である夫妻の家で暮していた。
夜半に目が覚めた理由を彼女は覚えていない。
イクスのとなりのベッドには彼女の姉妹が静かに眠っていた。
姉妹と言っても幼馴染であり、引き取られてからは姉妹の様に育てられているというだけだ。
イクスは喉の渇きを覚え、水を飲むために布団を抜け出し廊下にでようと戸を開ける
と、居間の方から声が聞こえてきた。
父の幼馴染の男とその妻、育ての父と母の声だった。
夜遅くに起きていることを咎められると思い、イクスは足を止め戸の陰に身を寄せる。
そのままベッドに戻ればよかった、後にイクスは後悔することになる。
「今年で十歳か、早いものだな」
「そうね、イクスの両親が死んだのがあの子達が四歳の頃だから、
あれから六年が経つのね…」
「イクスはどうしている?」
「元気にしているわよ、ウチの生活にも馴染んでいるみたい」
「そうか、十六歳まであと六年だな」
その言葉が誰のことか指すのか分かるまで時間はかからなかった。
この家でいま十歳になるのは自分ともう一人しかいない。
「ええ」
短い返事だった。
そこに驚きも否定もなかった。
「指名が来たらどうするか…」
「決まっているでしょう」
その声は穏やかで いつもと同じだった。
夕食の献立を決める時と 変わらない調子。
「本来なら あの子の役目だ」
「それは出来ないわ」
言い切る声に 迷いはなかった。
「私たちの娘は村に残してあの子に行ってもらう、そう決めたでしょう?」
「…ああ、そうだ」
イクスは 自分の心臓の音が ひどく大きく聞こえるのを感じた。
呼吸をするだけで 音が漏れそうだった。
「あの子は 両親を亡くしている
身寄りもなく 引き取り手もいなかった」
「だからこそ 引き取ったのでしょう?」
言葉が一つずつ 積み重なっていく。
それは説明だった。
言い訳ではなく 事実の整理だった。
「村の誰もが 仕方がないと納得するだろう」
「そういう運命の子なのよ」
イクスは声を出せなかった。耳鳴りの中で、言葉だけが整然と並んでいく。
自分は守るための盾として拾われたのだと理解した。
《代わりになる子》
優しさも衣食も未来のためではなく、その日のために用意されたものだったのだと悟った。
男はさらに言った。十六歳になるまで悟らせる必要はない、
余計な波風は立てたくない、良い子で育ててやればいい、と。
妻はうなずく、自分たちが鬼になることで娘が生きられるなら仕方がない、と。
イクスはその場を離れた。
足音を消すことも忘れ布団に潜り込み、天井を見つめ続けた。
泣き声は出なかった。
泣く理由が分からなかったからだ。
悲しいのか、怖いのか、裏切られたのか、それすら判断できなかった。
ただ一つ、未来が決まったという感覚だけがあった。
それからイクスは変わった。
以前は村の外れまで走っていた足は止まり、笑顔は控えめになり、問いかけは減った。
代わりに家事を覚え、頼まれる前に動くようになった。
感謝を口にし、迷惑をかけない子であろうと努めた。
それが生き延びるためではなく、役目を果たすための準備だと自分で理解していた。
時折、幼馴の娘が無邪気に未来の話をすることがあった。
いつか村を出たい、好きな人と暮らしたい、遠くを見てみたい。
イクスは微笑んで聞き、同じ言葉を返さなかった。
自分の未来は語るものではなく、差し出されるものだと知っていたからだ。
十六歳になる年が近づくにつれ、村の空気は張り詰めていった。
ダンジョンの気配、ブラッドワームの噂、年に一度の儀式。
イクスはそれらを静かに受け止めた。
恐怖はあったが拒絶はなかった。
選ばれたのではなく、最初から決められていたのだと知っていたからだ。
六年後。
イクスは 十六歳になった。
あの十歳の夜からイクスの時間はゆっくりと生贄へと流れていた。
誰にも告げず、誰も責めず、ただ役目を引き受けるために。
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