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Asuka

【イベント】旅の終り(後記2)

引用元:別ウィンドウで開く https://asuka.uojapan.com/?p=2663
2026.03.21

夜の帳が静かに降りた頃。
ブリテインの外れ、小さな庵の中に、柔らかな灯りが揺れていた。

古びた卓に向かい、Lowellは書物を広げている。
だがその視線は文字を追っておらず、どこか遠くを見つめていた。

「集中しておらぬな」

不意に背後からかけられた声に、Lowellは肩を震わせた。
振り返ると、そこには一人の女――いや、女の姿をした“何か”が立っている。
静かな微笑みを浮かべ、まるで昔からそこに居たかのように。

「……やはり来ておったか」

Lowellは小さく息をつき、苦笑する。

「やはりとは、ずいぶんな言い草じゃの」

「いえな、あれだけの事があった直後じゃ。来ぬ方がおかしい」

おさきはくすりと笑い、ゆっくりと歩み寄る。
その所作は優雅でありながら、どこか懐かしさを帯びていた。
まるで――遠い昔に知っていた誰かのように。

「エミリーは無事に眠っておる。心配はいらぬ」

「そうか……それを聞いて安心したわい」

Lowellは目を閉じ、深く息を吐く。
しばしの沈黙。
やがて彼は、ぽつりと呟いた。

「しかし……よいのか」

「なにがじゃ?」

「おぬしの命を分け与えたのだろう。」

おさきは少しだけ首を傾げた。

「確かに『命』は渡し長きに渡る旅を終えた。だが『我』そのものが消えたわけではない」

「……どういうことじゃ」

「言葉の通りじゃよ。命は流れ、形を変えるもの。我はその流れの一部を差し出したに過ぎぬ」

Lowellはしばし黙り込み、やがて苦笑する。

「やはりおぬしの話は、難解でかなわぬ」

「ふふ、昔からそう言われておったな」

その『昔』という言葉に、Lowellはわずかに眉を動かした。
だが追及はしない。
代わりに、静かに問いを重ねる。

「では……これからどうするつもりじゃ」

おさきは答えず、窓の外へと目を向けた。
夜風がそっと吹き込み、灯りが揺れる。

「なに、これまでもこれから先も変わらぬよ、見守るだけじゃ」

Lowellはその言葉を反芻する。

「……一族を、か」

「そうじゃ」

おさきは振り返り、まっすぐにLowellを見た。
その視線はどこまでも優しく――そしてどこか、深く温かい。

「おぬしが生きる限り、我は傍におるよ」

「……それは、わしのためか?」

「さて、どう思う?」

わざとらしくはぐらかすその様子に、Lowellは苦笑する。

「相変わらずじゃな……」

だがその声音には、どこか安堵が滲んでいた。

再び沈黙が落ちる。
だが先ほどまでのそれとは違い、どこか穏やかなものだった。
やがてLowellは、ぽつりと呟く。

「……不思議なものじゃ」

「なにがじゃ?」

「おぬしと話しておると、妙に落ち着く。何故じゃろうな」

おさきは一瞬だけ目を細めた。
だがすぐに、柔らかな笑みに戻る。

「それはきっと、我が長く見守ってきたからじゃろう」

「見守ってきた、か……」

Lowellは静かに頷く。
その言葉を否定することはなかった。
――否定できなかった。

「……のう、おさきよ」

「なんじゃ?」

「もしも、じゃ」

Lowellは言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。

「もしもわしが、もっと若かった頃におぬしと出会っておったなら……」

そこまで言って、ふっと笑った。

「いや、無粋な話じゃな。忘れてくれ」
(今更考えても娘夫婦は戻って来ぬのじゃしな……)

おさきは何も言わなかった。
ただ、ほんの少しだけ近づき――
ぽん、と軽くLowellの頭に手を置いた。

「……相変わらず、考えすぎじゃな」

その仕草は、どこまでも自然で。
まるで、子をあやす母のようであり――
孫を見守る祖母のようでもあった。

Lowellは一瞬きょとんとし、そして観念したように笑う。

「やれやれ……かなわぬな」

「当然じゃ」

おさきはくすりと笑う。

その笑みには、長い時を越えてきた者だけが持つ、静かな慈しみが宿っていた。

「安心せい、Lowell」

「……なにをじゃ?」

「おぬしが死ぬまでは傍らにいてやろう、600年以上も生きてきたのじゃ、あっという間じゃよ」

Lowellはゆっくりと目を閉じる。
そして、小さく頷いた。

「……そうじゃな」

もう、それ以上の言葉はいらなかった。
夜は静かに更けていく。
灯りはまだ消えない。

その小さな庵の中で――
一人と一つの存在は、言葉少なに、だが確かに同じ時を過ごしていた。
それは血の繋がりを超えた、奇妙で――
そしてどこまでも温かな縁。

やがて訪れる別れの時まで。
おさきは傍に在り続ける。
ただ静かに、優しく。
見守るために。

この記事は、イベントを企画している「イベントモデレーター」のブログのページを引用しています。

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