数日後。
昼下がりの街道を、玄道とおさきは並んで歩いていた。
空はよく晴れ、木々の隙間から落ちる陽射しが、白い道にまだらな影を作っている。
次の宿場までは、日が傾く前に着けるはずだった。
おさきは歩きながら、何度も自分の手のひらへ目を落とした。
そこにはもう何もない。
それでも、狐火に魂が宿った時の感覚が、まだ残っているような気がした。
「玄道。あの魂たち、本当にわたしの狐火に宿っていたんだよね」
「うむ。一時ではあるが、そなたの狐火を宿り木としておった」
「気がついたら、みんなが狐火の中にいて……でも、嫌な感じはしなかった。
怖がってるのも、帰りたがってるのも、少しだけ分かったの」
玄道は足を緩め、しばらくおさきの顔を見つめた。
「おさき。よく覚えておくのじゃ」
いつになく静かな声に、おさきは顔を上げる。
「魂とは、その者の意思が偽りなく現れる、純粋なものじゃ。
生前に何を喜び、何を悲しみ、何に心を囚われたか。それらも隠すことなく表れる」
「純粋って、いい魂ってこと?」
「そうではない。清くあれ、穢れておれ、そこにあるのは混じり気のない意思じゃ。
悔いも、救いを願う心も、憎しみも、その魂が抱く念として真っ直ぐに現れる」
玄道は立ち止まり、おさきへ向き直った。
「魂は、我らの考えで善し悪しを決め、作り替えるものではない。
憐れみからであろうと、そこにある意思を見ずに手を出せば、己の願いを押しつける事になる。
ゆえに我らは、むやみに魂へ触れてはならん」
おさきは、何かを確かめるように手のひらを握った。
「じゃあ、困ってる魂がいても、何もしちゃだめなの?」
「そうではない」
玄道はゆっくり首を振る。
「己の悪しき行いを悔い、救いを求める魂もある。
ひとつの念に囚われ、行くべき道を見失っている魂もある。
そのような者には手を差し伸べ、絡みついた念を解いてやらねばならぬ。
触れてはならぬという教えを言い訳に見捨てるのもまた、正しき道ではあるまい」
「手を出していい時と、だめな時があるんだね」
「うむ。まず、その魂が抱く意思を見定めることじゃ。悔い、救いを求めているならば応える。
念に囚われているならば、その縛りを解く。
必要な時にだけ手を添え、行くべき道へ送り出すのじゃ」
おさきは少し考えてから、こくりと頷いた。
「自分で歩こうとしてる人に、道が見えるようにする……」
「その心を忘れぬなら、そなたの火はよき灯となろう」
街道を渡った風が、道端の草をさわがせた。
「でも、助けてほしくない魂もいるの?」
「おる。悔いることも救いを求めることもなく、ただ悪意のみを抱く魂もな。
諭して鎮まるなら、それに越したことはない。
されど純粋な悪意のまま悪霊となり、人を脅かすのであれば――」
玄道は空を仰ぎ見る。
「調伏もいたしかたあるまい」
「その時は、魂を助けないの?」
「その悪意から生者を守らねばならぬ。
言葉も祈りも届かず、なお害をなすのであれば、力をもって鎮めるほかあるまい」
おさきは黙って歩き出した。やがて、確かめるように口を開く。
「触る前によく見る。わたしの気持ちを押しつけない。
救いを求めていたら手を伸ばして、何かに囚われていたら解いてあげる。
でも、悪いことだけを望んで誰かを傷つけるなら、止めてあげるんだね」
「うむ」
「難しいね」
「魂と接するとは、そういうことじゃ。簡単だと思う者ほど、触れてはならぬ」
おさきは真剣な顔で頷いたあと、もう一度、自分の手のひらを見つめた。
「じゃあ、もっとちゃんと見られるようになる。
その人の思いを見誤らず、必要な時に道を照らせる灯火にする」
玄道は何も言わず、再び歩き始めた。その口元には、ほんの僅かな笑みがあった。
二人は、陽のあるうちに次の宿場へ着くよう、街道を歩いていく。
今はまだ、おさきの内に芽生えた力は、魂を導く術と呼べるほど確かなものではない。
けれどいつか、多くの迷える魂を救う力へ至る、小さな兆しであった。
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