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Asuka

【イベント】ドロテアとテオドール 2(後記)

引用元:別ウィンドウで開く https://asuka.uojapan.com/?p=2878
2026.11.07

夜が明ける頃、雨が降り始めた。
炎は消え、黒く焼けた家には水滴の音だけが響いていた。

崩れ落ちた梁の下で、テオドールは生身のドロテアを庇ったまま息絶えていた。
最愛の夫は死んでいる。
自分の身体も死んでいる。
ドロテアは、その事実を理解していた。

生身の身体は呼吸をしていない。心臓も動いていない。遠隔接続装置は接続元となる神経信号の
消失を告げ、同じ警告を何度も繰り返していた。
本来なら、オートマタへ新しい意思が届くはずはない。
それなのに、ドロテアは二人を見ていた。

テオドールの名を呼びたいと思った。
触れた手の冷たさを悲しいと感じた。
彼が自分を守ろうとしたことを理解し、その命を失ったことに耐え難い痛みを覚えていた。

考えている。
感じている。
自分は、ここにいる。
けれど、自分の身体はそこにあり、すでに死んでいる。

では、今ここで考えている自分は何なのか。
死の直前、生身の脳から送られた最後の意思が、まだ回路の中を巡っているだけなのか。
積み重ねた無数のマクロが、ドロテアならこう動く、こう話す、こう悲しむという答えを再現して
いるのか。
それとも、長い年月を共に過ごした演算核の中に、ドロテアとは別の何かが生まれていたのか。

もし自分が記録にすぎないなら、この悲しみは誰のものなのか。
もし自分がドロテアではないなら、テオドールを愛していた記憶は誰のものなのか。
もし自分がドロテアなら、なぜ自分の亡骸が目の前にあるのか。

答えのない問いが、次の問いを生んだ。
演算核は結論を求め、保存された記憶と現在の感覚を照合し続けた。

両親と共に遭遇した事故の日。
誰にも声が届かなかった病室。
初めてオートマタの指を動かした瞬間。
庭で見上げた蒼い空。
差し出された愛しいテオドールの手。
結婚を誓った夕暮れ。
二人で囲んだ食卓。

すべてが自分の記憶だった。
だが、その記憶を持つことが、自分自身である証明にはならなかった。
演算核の負荷はなおも上がる。

視界に砂嵐が走り、音声が途切れる。
指先が命令を受けつけず、脚部の制御が失われていく。

それでもドロテアは、テオドールへ近づこうとした。
もう一度、愛する夫の手を取りたかった。
もう一度だけ、その名を呼びたかった。

「テオ……ドール……」

声はひどく歪み、最後まで形にならなかった。
処理能力を超えた問いと感情から機体を守るため、演算装置が緊急停止を開始した。

 『運動機能を停止』
 『外部感覚を遮断』
 『記憶領域を閉鎖』

ドロテアは抗おうとした。
まだ眠りたくない。
彼を一人にしたくない。
だが、機体は彼女の願いを受けつけなかった。

膝から力が抜け、オートマタの身体がその場へ崩れ落ちた。
暗くなっていく視界の中で、ドロテアが最後に見たのは、テオドールが自分を守ろうと伸ばした
腕だった。

 『緊急保護処理を実行します』
 『スリープモードへ移行 』

無機質な声が、焼け落ちた部屋へ響いた。

それが生前のドロテアの意思による言葉だったのか。
彼女を記憶した機械の応答だったのか。
確かめる者は、もういなかった。

季節が過ぎた。
年月が過ぎた。

焼けた家は朽ち、崩れた壁を草木が覆った。
二人を知る者はいなくなり、その場所を訪れる者もいなくなった。
それでも、廃墟の奥には一体のオートマタが残されていた。
動かず、語らず、ただ壁に身を預けるようにして。

その演算核には、歩き方も、髪を梳く手順も残っていた。
差し出された手を取った日のことも。
愛する人と生きた日々も。

いつか誰かが訪れる日まで。
いつか再び、その瞳が開く日まで。
ドロテアは、長い眠りについた。

この記事は、イベントを企画している「イベントモデレーター」のブログのページを引用しています。

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