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Yamato

サリシアとドラゴンの宝石 後編(5月イベント)

引用元:別ウィンドウで開く https://uoemyamato.hatenablog.com/entry/2026/06/08/014845
2026.06.08

王立広報室・広報官のリシオです。

今回は、再びサリシア様からの依頼です。

 

元婚約者のリック様が、またまた悪魔につけ狙われているようで

その証拠を集めるためのアイテムを探すお手伝いをお願いしたいとのことです。

 

アイテムは二つ。

 

The Basin of Revelationtoiuという洗面器とThe Lithic Jailという石のポストです。

洗面器は対象者の真の姿を暴き、石のポストは悪魔の魂を封じる効果があるとのこと。


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◆開催日時:6月9日(火)22:00~  
◆集合場所:Britain広場

※集合場所付近はリコールできないようになりますのでご注意ください。

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注意事項:
◆ 予期せぬ出来事が発生するかも知れません!貴重品はなるべく持ち込まないよう、お願いします。
◆ 以下に該当の場合、あるいはEMが問題ありと判断した場合はコールのうえ、イベント中止の措置を取らせていただく場合があります。
 - イベント進行の妨害、かく乱行為。
 - EM、あるいはほかのプレーヤーに対する侮辱的発言、またはそれに準ずる行為。
◆ 皆さんのイベントです。マナーを守って楽しく参加しましょう!

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プロローグ


 ブリテイン王立広報室。


 王都でも有名な「忙しそうな雰囲気の演出に長けたプロフェッショナルが集う」部署である。

 


「室長。先月サクラコさんから依頼のあった、オークたちの闇鉱山の件ですが……ミノックの工夫たちの活躍により、無事に解決したようです」

 


 事の発端は、闇鉱山から流れ出た鉱毒だった。


 ブリテイン南部を流れる川が汚染され、川辺に植樹された桜をはじめとする植物や生物に被害が出た。


 周辺住民への健康被害はもちろん、ページリー伯爵家の長女サマンサの誕生祝賀会が延期に追い込まれるなど、貴族社会にも小さからぬ影を落としていた問題である。

 


「それは良かったにゃ。サマンサ様の誕生祝賀会も無事に開催されたし」


 だが、室長のネコマタコは他人事だった。愛用のカップを傾け、一口すすると「にゃ~」と気の抜けたあくびを漏らす。


「そうですね。それより室長。なんだか……ずいぶんと甘い香りのするお茶ですね」


「シャンピニョンの森の新茶にゃ」


「森の新茶?」

 


 この時期のユーの森には、様々な花が咲き乱れる。その瑞々しい新緑の葉と花々をブレンドしたものが、この時期だけの「森の新茶」だった。

 


「一口飲んでみるかにゃ?」


「いただきます」

 


 リシオは何気なくカップを受け取り、口に含んだ。


 その瞬間、軽やかな香りが鼻腔を突き抜け、脳裏に鮮やかな花畑のイメージが広がる。数ある香草の中でも、ひときわ主張が強いのはジャスミンだ。
 

 

「これは……ジャスミン茶に近いですが、他にもいくつか混ざっていますね」

 

「リシオも、少しは違いの分かる男になってきたにゃ。お姉さんは嬉しいにゃぁ~」

 

「お姉さんって……」

 

「コンコン」

 


 思わず顔をしかめるリシオと、どこまでもマイペースな室長。そんな二人の三文芝居が展開されている広報室に、控えめだが芯の通ったノックの音が響き、扉が開かれた。


 入ってきたのは、緑色のツインテールを揺らし、白いファンシードレスを纏った可憐な女性であった。

 


「広報室へようこそ」

 


 リシオがいつもの爽やかな笑顔で出迎える。

 

 

「ここであっていたのね。王立なのに何故城外にあるのかしら?しかも随分と庶民的な作りですわね」

 

「えっと……」

 


 開口一番、皮肉たっぷりの発言に困惑の表情を浮かべるリシオ。

 


「これは失礼、挨拶がまだでしたわ。ページリー伯爵家のサマンサと申します」 

 


 優雅にスカートをつまみ、礼をするサマンサ。

 


「ページリー伯爵家の方でしたか。私は広報官のリシオと申します」

 


 お辞儀をしたリシオは話を続ける。

 


「本日お越しいただいたのは、ご依頼でしょうか?」


「サマンサと呼んでちょうだいな。冒険者への依頼ではないのだけど。少々込み入ったお話がございますの」


「承知しました。こちらへどうぞ」

 


 リシオはサマンサを二階の応接ブースへ案内した。


◇◇◇


 二階にある広報室の応接ブース。


 使い込まれているが手入れの行き届いた椅子に腰かけたサマンサとリシオの前に、すぐさま湯気が立つカップが運ばれてきた。

 


「サマンサ様。室長のネコ・マタコと申しますにゃ。お口に合いますかどうか分かりませんが、新しく入った茶葉で淹れたお茶ですにゃ」

 


 トレイを捧げ持つ室長の姿を、サマンサはまじまじと見つめた。

 


「にゃ、とおっしゃいましたか?貴女、ひょっとして……」

 


 何かを言いかけたサマンサに対し、室長はすかさず口元に人差し指をかざし、悪戯っぽくウインクをして見せる。

 


「……いただきますわ」

 


 サマンサがそれ以上追及せずにカップを受け取ると、室長は満足そうに微笑んだ。カップから立ち上る白い湯気とともに、ジャスミンの甘く華やかな香りが狭い応接ブースを満たしていく。


 サマンサはそっとカップを傾け、琥珀色の液体を口に含んだ。

 


「まぁ……なんて美味しいのかしら」

 

「気分が落ち着くお茶ですにゃ。それでは、ごゆっくり。そうだリシオたん」

 

「はい、室長」

 


 階段を下りようとした室長が、ふと足を止めて振り返る。


 リシオに向けられたその瞳は、先ほどまでの気の抜けたものとは一変し、射すような鋭さを孕んでいた。めったに見せない、真剣な眼差しだ。

 


「サマンサ様の依頼は、きっちりと受けるように、にゃ」

 

「……はい」

 


 リシオのわずかに歯切れの悪い返事を見届けると、用件は済んだとばかりに、室長は再びいつもの軽やかな足取りで階下へと戻っていった。


 その背中を見送ったリシオは、改めて姿勢を正し、対面に座る令嬢へと視線を向ける。

 


「サマンサ様。それで、本日はどのようなお話でしょうか?」

 

「ええ。本来であれば、王家から直接そちらへ依頼があってもおかしくないほどの大事なのですけれど……」

 

「お、王家……?」

 


 思わずオウム返しに呟いたリシオの顔が、一瞬で強張る。


 王立広報室は「忙しいフリ」こそ得意だが、本物の国家機密や王命が転がり込んでくるような場所ではない。そんな部署に「王家が動くレベルの案件」が持ち込まれたのだ。


 室長がわざわざ真剣な目で釘を刺していった理由を、リシオは嫌というほど理解した。


 ごくり、と喉を鳴らすリシオの前で、サマンサが静かに唇を開く。


 彼女の口から語られ始めたのは、先ほどまでの穏やかな空気感を一瞬で吹き飛ばすような、ひどく深刻な内容だった。いわゆる、とある貴族が悪魔にたぶらかされている、という類の不穏な噂である。


 その貴族の名は、リック・ベソス公爵。


 リックは、先代当主が悪魔に乗っ取られて討伐された後、急遽その家督を継いだ若き当主だった。


 上級貴族とはいえ、当主とメイドの二名が悪魔と入れ替わっていたという前代未聞の醜聞は、瞬く間に社交界を駆け巡った。


 以来、ベソス家は腫れ物に触るかのように敬遠されるようになり、名声は地に落ち、財政状況も困窮の一途をたどっていたという。

 


「そんな、孤立無援のベソス家に近づいてきたのが……アルベルト商会ですの」

 


 サマンサは苦渋に満ちた表情で言葉を紡ぐ。


 その商会は、設立されて間もない新興勢力でありながら、次々と大口の契約を取り付け、急速に頭角を現している組織だった。


 しかし、その急成長の裏では、決して穏やかではない、怪しい噂が絶えず囁かれている。

 


「落ち目の公爵家と、謎多き新興商会、ですか……」

 


 リシオは、手元で冷め始めているジャスミン茶を見つめながら、これから巻き込まれるであろう面倒な事態の予感に、小さく息を吐き出した。

 


「これは、あくまでわたくしの推測なのですけれど……ベソス家は、再び悪魔に目をつけられているのではないかと思うのですわ」 


「なるほど。サマンサ様は、何か具体的な証拠を見つけられたのですか?」


「そこなのよ。どうしても尻尾が掴めないのですわ」

 


 サマンサは悔しげに眉をひそめた。彼女はアルベルト商会の実態を探るため、幾度となく優秀な調査員を派遣してきたという。


 しかし有益な情報は一切得られず、それどころか、中には行方不明となり完全に音信不通となった者までいるらしい。


 ページリー伯爵家は、代々貴族の不祥事をいち早く暴き出し、公になる前に穏便に処理する「裏の顔」を持っている。その彼らが手こずる相手なのだ。事態の根深さにリシオは背筋が寒くなった。

 


「そのような大切なことを僕なんかに話してもいいのですか?……あの、そのような家の機密に関わる大切なお話を、僕なんかにしてしまってもよろしいのですか?」


「ええ。ここの室長さんが『あの方』だと分かったので、何の問題もありませんわ」

 

「室長が……?」

 


 リシオは得心のいかない顔で、ネコ・マタコが消えていった階下へと視線を向けた。あの、お茶を淹れてあくびをし、頭に猫耳カチューシャをつけた女性に、一体どんな秘密があるというのだろうか。

 


「そちらはお気になさらず。それよりも——」

 


 サマンサは居住まいを正し、本題を切り出した。そこで彼女が目をつけたのが、ザッカ―ハーグ子爵家のサリシアであった。


 彼女はリックの元婚約者で、家で起きた悪魔憑き事件を、実質的に解決へと導いた張本人。


 身分の差など歯に衣着せぬ気風で、冒険者と共にダンジョンへ乗り込むなど、通常の貴族令嬢ではあり得ない破天荒な行動力の持ち主でもある。

 


「サリシア様なら、今回も何か解決の糸口を見つけると思うのです。ただ、わたくしの立場から直接動くわけにはまいりません。ですから、代わりに広報室にお手伝いをお願いしたいと思っておりますの」


「我々に、ですか?」

 

「ええ。おそらくサリシア様は依頼をしに、こちらへ足を運ばれるはずですわ」

 


 つまり、サリシアが広報室に接触してきた際、彼女が掴んだ情報や動向を、サマンサへと横流ししてほしいという文字通りの「裏仕事」の依頼だった。

 

  
「なるほど……。事情は察しました。お引き受けいたします」 

 

「頼りにしていますわ。先日のわたくしの誕生祝賀会でも、予想通りリック様とサリシア様は火花を散らしていたわ。もちろん、わたくしもリック様の肩を持って、あえて悪役っぽく振る舞って差し上げましたの!」

 


 ふふん、と胸を張ってドヤ顔を決めるサマンサに対し、リシオは引きつった笑みを返すしかなかった。この令嬢も令嬢で、なかなかに癖が強い。

 


「サリシア様の動向は常に偵察させておりますが、そろそろこちらへ足を運ぶ頃合いかと思います。先ほどの件、くれぐれもよろしくお願いいたしますわね」

 


 すべての用件を伝え終えたサマンサは、優雅な足取りで広報室を後にした。


◇◇◇


 翌日。

 サマンサの予想は恐ろしいほど正確に的中し、サリシアが広報室の扉を叩いた。

 


「ザッカ―ハーグ子爵家のサリシアですわ! 再び依頼があって参りましたの!」

 

 

 リシオが手慣れた様子で応接ブースへ案内すると、サリシアは席に着くや否や身を乗り出し、怒濤の勢いで先日の祝賀会の話から切り出した。

 

 祝賀会当日。

 


「ザッカーバーグ家のサリシアですわ。本日はお招きくださいまして、感謝しますわ」

 


 受付で招待状を提示したサリシアは、家令の厳かな先導で会場へと向かった。
ブリタニアの貴族は、日々の生活を営む私邸こそあれど、大規模な祝賀会を催せるほどの私有施設は持っていない。


 そのため、こうした華やかな催しを行う際は、王宮の壮麗な施設を借り受けるのが古くからの恒例となっていた。


 煌びやかな会場の扉が開く。入るや否や、家令が声高らかにその名を響かせた。

 


「ザッカーハーグ子爵家、サリシア様ご到着でございます!」

 


 その瞬間、すでに会場を埋め尽くしていた参列者たちの冷ややかな視線が一斉に、そして容赦なくサリシアへと集中した。

 


(あら……? なぜ皆様、こんなに早くから勢揃いしていらっしゃるのかしら。ひょっとして——)

 


 突き刺さる視線の不自然さに、サリシアの脳裏にある心当たりが浮かび上がる。


 その答え合わせの瞬間は、すぐに訪れた。周囲から隠す気もない、悪意に満ちたひそひそ話が漏れ聞こえてきたからだ。

 


「まぁ、ずいぶんと遅れておきながら、よくもあんなに堂々としていられますわね」

 

「これだから下級貴族は苦手なのです。時間の守り方もご存知ないのかしら」

 


 なるほど、とサリシアは内心で小さくため息を吐いた。


 どうやら彼女に届けられた招待状には、あらかじめ本来とは異なる「遅い時刻」が記載されていたらしい。実につまらなく、そして姑息な嫌がらせだった。


 だが、その不快な沈黙を破るように、聞き覚えのある高飛車な声と、見知った顔がサリシアの前に現れた。

 


「あら、サリシア様ではございませんこと?」

 

「久しいな、サリシア。よくも平然と顔を出せたものだ」

 

 

 声の主は、この祝賀会の主役であるページリー伯爵家の長女サマンサ。そして、その後ろに控えるのは、サリシアの元婚約者であるリック・ベソス公爵であった。
 

 サマンサは冷徹な品定めの視線を隠そうともせず、対するリックにいたっては、隠しきれない敵意をその表情に丸出しにしていた。

 


「これはサマンサ様に、元婚約者様ではございませぬか。ご機嫌麗しゅうございますわ」

 

「子爵風情が調子に乗るんじゃない!」

 


 少し意地悪に、嫌みっぽく突っついてみれば、案の定すぐに乗ってきた。

 


(以前よりも随分と導火線が短くなってませんこと?)

 


 サリシアは内心でそっと呟く。


 いくら落ち目とはいえ、これでも公爵家を継いでいる身だ。周囲の冷遇が彼をここまで余裕のない男に変えてしまったのだろうか。

 


「わたくしが、あの時悪魔の正体に気付いて差し上げなければ、今頃どうなっていたことやら。少しは感謝していただきたいところですわ」

 


 あえて高飛車な悪役令嬢のように振る舞うサリシアに対し、リックはみるみるうちに顔を真っ赤に染めていく。激昂する彼を宥めるように、今度はサマンサが冷ややかに口を開いた。

 


「サリシア様がどのような素晴らしい品をお持ちになるか、皆様も大変興味がありましてよ?」


「ふん、まあいい。過去の自慢話はそのくらいにしてもらおうか。それで、サマンサ嬢への贈り物は持参したのか?」

 


 サマンサがわざとらしく周囲の参列者たちに視線を向けると、そこかしこからクスクスと下卑た笑い声が漏れ聞こえてきた。


 なるほど、遅刻の件といい、この場でサリシアに恥をかかせて嘲笑うことこそが、彼らの用意したメインディッシュというわけだ。


 しかし、そんな周囲の悪意などどこ吹く風で、サリシアは不敵な笑みを浮かべた。

 


「もちろん、お持ちしておりますわよ」

 


 サリシアは、お祝いの品が置かれている豪奢なテーブルへと歩みを進める。


 そこには、目も眩むような煌びやかな品々がうず高く積まれていた。それもそのはず、ここに招待されているのは王都でも屈指の資産を持つ貴族たちばかり。


 サリシアの生家のような没落しかけの家が呼ばれること自体が稀なのだ。


 これは「体のいい公開処刑(いじめ)」である。だが、それを重々承知の上で参加し、上流貴族との繋がりを掴んで這い上がろうとする家は少なくない。


 貴族社会とは本当にいびつで、時として不要な存在のようにも思える。


 しかし、有事の際には私兵を供出しなければならず、重い義務と責任が課せられている以上、国家にとって不可欠な存在でもあった。


 そんな虚飾に満ちた会場のど真ん中で。


 ドレス姿には似つかわしくない無骨なバックパックから、サリシアが「お祝いの品」を取り出すと、周囲の貴族たちから一斉にざわめきが起こった。

 


「……それは何かしら」

 


 サマンサが興味深げな視線を向けつつ、そのアイテムへと近寄る。

 


「こちらは『ドラゴンエッグの宝石』と呼ばれる、とても貴重なものですわ」

 

 サリシアの言葉に、すかさずリックが嘲笑を被せた。

 


「サリシアよ、それのどこが貴重なのだ。卑しい貴様のことだ、適当にそれっぽいガラクタを見繕ってきたのだろう。どうせ安っぽいガラス細工に決まっている!」

 


 リックはサリシアの手から強引にそれを奪い取ると、わざとらしく手放し、大理石の床へと叩き落とした。

 


「おっと、これはすまない。手が滑ってしまった」

 


 ガチャン、と硬質な音が会場に響き渡る。誰もが「安物のガラス細工」が無惨に砕け散る様を想像し、息を呑んだ。

 


「ほら見てみろ、無惨に砕け……おや?」

 


 勝ち誇ったように足元を見下ろしたリックの顔から、スッと表情が抜け落ちた。


 大理石に叩きつけられ、あれほどの派手な音を立てたというのに、床に転がる『ドラゴンエッグの宝石』には傷一つついていない。


 それどころか、会場のシャンデリアの光を吸い込み、悠然と神秘的な輝きを放っていた。

 


「リック様、酷いことをなさいますわね。サマンサ様への大切なお祝いの品をわざと落とすだなんて……。それに、これは安物のガラス細工などではなく、正真正銘の本物の宝石でございますわ」

 


「お、俺は絶対に信じないからな! 没落しかけの貧乏貴族が、そんな高価な宝石を用意できるはずがない!」

 


「お言葉を返すようですが、我が家が没落の危機に瀕しているのは、全てリック様が裏で手を回した画策によるものではございませんこと?」

 


「ほう、ならばその証拠を見せてみろ!」

 

「まぁまぁ、お二方とも熱くならないで。ここはわたくしのために用意された祝賀会場ですのよ?」

 


 ふふっ、と楽しそうに笑みを浮かべ、サマンサが二人の間に割って入る。


 その目には、退屈な祝賀会で極上の「新たな余興」を見つけた歓喜の色が浮かんでいた。

 


「サリシア様。リック様がザッカ―ハーグ家に良からぬことを差し向けたというお話……大変興味深いですわ。後日でも結構ですので、わたくしにもその証拠を見せてはくださいませんこと?」


(しまったわ……)

 


 これまでに受けた数々の陰湿な嫌がらせを思い出し、つい感情的になって口を滑らせてしまった。サリシアは一瞬後悔したものの、すぐに持ち前の胆力で思考を切り替える。

 


(でも、よく考えたらこれは数々の汚名を晴らす絶好のチャンスなのではないかしら。伯爵家のご令嬢が直々に証人になってくださるなら、この機会を逃す手はありませんわ!)

 


「承知いたしました、サマンサ様。私、サリシア・ザッカ―ハーグが、必ずやリック様の悪事の証拠をお見せいたしますわ」

 


「言ったな、サリシア! もし証拠が見つからなかった時は、公爵家を侮辱した大罪で、貴様を断頭台へ送ってやる!」

 

 

「……何かにつけてすぐに断頭台とおっしゃいますけれど、そもそも今の貴方に、他家の人間を処刑できるような権利はないと思いますわ」

 


 サリシアが冷ややかに言い放つ。


 元婚約者に向かって放つには、あまりにも短絡的で品性下劣な暴言だ。周囲を取り囲む他の貴族たちからも、呆れを含んだ冷ややかな視線がリックへと突き刺さっていた。


 サマンサは社交界を牛耳るページリー伯爵家の長女であり、リックのベソス公爵家とは以前から懇意の仲だと聞いたことがある。


 もちろん、それはリックの家が悪魔騒動で「落ち目」になる前の話だ。


 今でもおそらく、リックは何らかの形で伯爵家からの支援を受けてどうにか体面を保っているのだろう。


 だが、今のサマンサの態度を見る限り、彼を庇護する気など毛頭なく、ただ純粋にこの修羅場を楽しんでいるだけのように見えた。

 


「お二方とも、今日はわたくしの生誕を祝う場ですわ。これ以上の諍いは見過ごせません。……この件については、一週間後までに、サリシア様が証拠を揃えること。もし提示できない場合は、相応のペナルティーを受けていただきます」

 


「サマンサ様、それで結構ですわ」

 


「サリシア様。もし証拠を出せず、わたくしの家からも王室へ上奏が出た場合は、先ほどリック様が言っておられたように、本当に『断頭台』もあり得ますのであしからず」

 


「心得ておりますわ」

 


 名誉を重んじる貴族社会の仕組みは独特だ。自身より格上の二つの家から王室に上奏(糾弾の訴え)があれば、問題ありとされた家に対し、有無を言わさず重い処罰を加えることが可能になっている。


 公爵や伯爵といった上級貴族たちは、自分たちの権益を守るために結託している場合が少なくない。彼らの機嫌を損ね、酷く嫌われてしまえば、今のサリシアのように容易く窮地に立たされてしまうのだ。

 


「おいサリシア。僕は心優しい男だ。今ここで頭を大理石に擦り付けて命乞いをするというなら、今回だけは許してやらんでもないぞ?」

 


 絶対的な優位に立ったと信じて疑わないリックが、勝ち誇った下劣な笑みを浮かべてサリシアを見下ろした。

 


「お気遣いありがとうございます。しかしながら、お断りいたしますわ。証拠は必ず見つかると思っておりますの」


「あらサリシア様。リック様の温情を無下になさるおつもりで?」

 


 サマンサが扇子の向こうで目を細める。

 


(これのどこが温情だというのかしら……!)

 


 あまりの理不尽さに、激しい怒りが胸の奥底から込み上げる。


 思わず大声で叫び出しそうになるのを、サリシアは貴族としての矜持でグッと呑み込んだ。ここで感情的になれば、それこそ彼らの思う壺だ。


 彼女は背筋をピンと伸ばし、不敵な笑みを崩さずに言い放つ。

 


「一週間後。必ずや、皆様が驚くような証拠を見つけてご覧に入れますわ」

 


 凛とした声で宣言したサリシアは、唖然とするリックたちを冷ややかに一瞥すると、美しくドレスの裾を翻し、一切の迷いがない堂々とした足取りで祝賀会場を後にした。

 


「……と、勢いよく言ってしまったけれど、どうしましょうかしら」

 


 会場の重厚な扉が閉まった途端、サリシアの完璧な令嬢の仮面があっさりと崩れ落ちる。


 乗り合いラマの停留所までとぼとぼと歩きながら頭を抱えていた彼女は、ふと路地裏の壁に視線を向け、そこに貼られた不気味なポスターに釘付けになった。

 


「この既視感(デジャヴ)……じゃないわ、ナーマさん!」

 


怪しげなオーラを放つ『占い師ナーマ』のポスターを見た瞬間、サリシアの脳裏にひとつの光明が差した。彼女は弾かれたように顔を上げ、久しぶりに甘味処『グッドイーツ』へと足を向ける。

 


「あのお店に行くのは、あのドラゴンエッグの宝石の一件以来かしら」

 


 グッドイーツに到着すると、店先には今日も名物のスイーツを目当てにした客たちの長蛇の列ができていた。


 しかし、サリシアはその列を華麗にスルーして、迷いなく店内へと足を踏み入れた。

 


「ごめんくださいまし」

 

「ちょっとお客さん、順番に並んで……って、サリシアさん!」

 


 注意しようとしたサキが、顔を見てすぐに驚きの声に変わる。

 


「お久しぶりですわ。今日はスイーツではなく、占いをしに参りましたの」

 


 サリシアは挨拶もそこそこに、店内の隅っこ——いつもの薄暗い定位置に座る奇妙な影へと視線を向けた。

 


「なま~」

 

「ナーマさん! またわたくしを占って欲しいのですわ!」

 

「なま~」

 


 緊迫感など微塵も感じさせない、気の抜けるようなゆるい返事。


 ナーマは怪しげな装束の奥からちらりとサリシアを一瞥しただけで、すぐに手元の水晶玉を布でキュッキュと磨く作業に戻ってしまった。

 


「わたくし、リック様の悪事の証拠を見つけたいですの!」

 

「……1回1000gpなま。お財布、大丈夫なま?」

 

「もちろん、問題ありませんわ!」

 


 サリシアが迷いなく金貨を提示すると、ナーマは現金なほど素早く水晶玉に手をかざし、微かな声で呪文を唱え始めた。

 


「いまの流れを確認するなま~」

 


 水晶の中に、ぼんやりとした輪郭が浮かび上がる。


 それは雲上の世界をゆったりと漂う、一筋の光の玉だった。あまりにものんびりとした、静かで、どこまでも平和な動き。

 


「また、なま……っ?!」

 


 ナーマの顔がピクリと引きつった。

 これはどう見ても「またまたあの世」の光景だ。


 つまり、今度こそ本当にサリシアの命が尽きるということ?

 


(そんな残酷なこと、いくらなんでも口が裂けても伝えられないなま……。けど、占い師としては伝えなきゃ……!)


「あなた、死ぬなま!!」

 

 

 1秒の葛藤の末、思いっきりストレートに口走ってしまった。ナーマは内心で猛反省する。いや、まだだ。まだタロットがある。


 ナーマは冷や汗を流しながら、震える手でカードを一枚引いた。
勢いよくめくって現れたのは——無情にも禍々しいオーラを放つ『正位置の死神』アゲイン。

 


(……あ、これ、やっぱり完全にアカンやつなま)

 


 だが、絶望する占い師をよそに、当のサリシアはぐっと身を乗り出した。

 


「人間、いつかは必ず死を迎えるものですわ。もし死んでしまっても、それは今世の課題を終えて寿命を迎えたというだけのこと。また来世を楽しむだけですわ!」


「な、なまぁ……(なんて前向きな!)」

 


 死の宣告すら力技で跳ね返す、超ポジティブな解釈を繰り出すサリシア。


 その屈託のない笑顔に、ナーマは自身の師であるハテナの教えを再び思い出していた。

 


『占いは人を勇気づけるもの。落胆させてはダメ』

 


 そうだ、落ち込んでいる場合ではない。ナーマは必死に言葉を絞り出す。

 


「そ、その通りなま~! 毎日を楽しく生きたもの勝ちなま!」

 

「ええ、その通りですわ!」

 


 パチンッ! と勢いよくハイタッチを交わし、謎の盛り上がりを見せる二人。


 水晶の予兆(あの世の光景)は前代未聞だが、タロットについては、解釈次第でピンチを跳ね除けたケースは意外とある。


 結局のところ、ネガティブな感情に支配されなければ、運命はどうにでも書き換えられるのだ。
それこそが、師から授かった世界の真理である。

 


「気を取り直して、サリシアにぴったりのラッキーアイテムを占うなま」

 


 仕切り直しにナーマが水晶玉を撫でると、そこに『啓示の洗面器と石の牢獄』という不可思議な文字が走り、澄んだ水を張ったシンプルな洗面器と、石でできた重厚なポストの映像がふわりと映し出された。

 


「まぁ、とても綺麗なアイテムですわね」

 

「綺麗なアイテム!?」

 


 その言葉に誰よりも早く反応したのは、近くでスイーツを並べていた看板娘のサキだった。彼女は「綺麗」という響きに強烈に惹かれ、カウンターからものすごい勢いで身を乗り出してくる。

 


「本当なの! これ、サキもすっごく欲しいの!」

 

「なま~。でもこれ、どうやらダンジョンの最深部にあるみたいだね」

 


 ダンジョンの最深部。その物騒な言葉を聞いた瞬間、サキの目がスッと鋭く光った。


 彼女は真剣な眼差しで水晶の中の景色を凝視し、やがて確信を得たように弾んだ声で高らかに告げた。

 

 

「場所が分かったの!3人で行くの」


「なま~?」


「わたくしもですの?」


「サキも行ったことあるから大丈夫なの!」

 

「でも、少し待ってくださいまし。今のわたくしたちの目的は、あくまでリック様の悪事の証拠を見つけることですのよ?」

 


 サリシアが至極真っ当なツッコミを入れると、ナーマは少し考えてから、ポンッと手を叩いた。

 


「なら、降霊術を試すなま~」

 


 それは最近、師匠のハテナから教わったばかりの術らしい。高次元の霊を呼び出して、直接ヒントを聞き出すという大技だ。

 


「追加で1000gpなま~」

 

「ぜんぜん大丈夫ですの」

 

「まいどなま~」

 


 ナーマが小声で怪しげな言霊を呟き始めると、不意にグッドイーツの店内の空気がひんやりと冷たくなってきた。

 


「なんだか寒くなってきたの!」

 

「ちょっと、あの占い師さん大丈夫なの……?」

 


 買い物中の客たちが、占いブースを訝しげに遠巻きに見つめる。

 


「大丈夫なの、お客様。いつものことなの!」

 


 サキが元気よくフォローを入れる中、やがて店内のランタンがチカチカと点滅を始め、ナーマがゆっくりと口を開いた。
 

 

『だれや、我を呼んだのは』

 


 ナーマの口から、突如として重低音のオッサンの声が響き渡った。

 


「サリシアと申しますわ。あなたはどなたですの?」

 

『我は冥府の王、サタンや』

 


 明らかにヤバすぎる存在と繋がってしまった。店内の客たちから「ヒッ」と短い悲鳴が上がり、一気に動揺が広がる。

 


「なんだか、すごい危険なのと繋がったの!」

 

「素敵ですわ! リック様の悪事の証拠を掴みたいのですけれど、何かご存知ありませんこと?」

 


 恐れおののく客たちとは対照的に、サキとサリシアは目をキラキラと輝かせて身を乗り出した。

 


『タダでとはいかんわな。相応の対価を寄越せば教えたる』

 

「面白そうだから、サキが支払うの!」

 


 言って、サキは自身のバックパックから先月入手したレアなリワードを取り出し、ナーマの前に無造作に差し出した。すると、リワードは眩い光に包まれ、ふっと跡形もなく虚空へ消え去った。

 


「おおーっ!」

 


 店内から割れんばかりの拍手が起こる。どうやら客たちは、手の込んだ新作の手品ショーだと思い込んだようだ。

 


『ええもん、おおきにな。リックの件やな。それなら、「アルベルト商会」を探すとええ。そこに、さっきの洗面器とポストを持っていくんや。そうすれば、奴らの正体をみることができるはずや』

 

「まぁ、洗面器とポストを!」

 

『そういうこっちゃ。ほな、ばいなら』

 


 軽い挨拶を残して気配が消えると、ナーマがハッと目蓋を開いた。その表情は引きつり、冷や汗をかいている。

 


「ヤバいのが降りてきたなま~。焦ったなま……」

 


 まさか冥府の王が直接出てくるとは思っていなかった。


 言霊も師匠から教わった通りだったが、一歩間違えれば大惨事である。改めて自分の術の危険性を実感し、ナーマはブルブルと身震いした。

 


「なるほど……アルベルト商会が絡んでおりますのね」

 

「それじゃあ、また三人でアイテムを取りに行くの!」

 

「なま!? ナーマも行くの?」

 

「当然ですわ!」

 

 

 パン屋、お嬢様、占い師。


 この三人は前回もパーティーを組んでダンジョンに挑んだ仲だ。ある程度の連携は取れているし、何より謎の信頼感があった。

 


「でも、今回は二手に分かれた方がいいの!」

 


 サキの提案により、素早く作戦が練られる。


 サリシアは冒険者と一緒に『洗面器』を入手し、サキとナーマの二人で『石のポスト』を入手する。そしてその後、怪しい商会で合流し、一気にその正体を暴くという計画だ。

 


「サキは下準備するから数日かかるの!」

 

「分かりましたわ。では、わたくしはサキさんの準備が整い次第、冒険者の手配も兼ねて……あの『広報室』へ向かいますわ」

 


 数日後、サキからの連絡を受け、サリシアは広報室へ足を運んだ。

 

 

※終了後、イベント当日のセリフを掲載しますので、全体のストーリーをお楽しみいただけます。

この記事は、イベントを企画している「イベントモデレーター」のブログのページを引用しています。

引用元のページは 別ウィンドウで開く こちら からご確認いただけます。

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